DIAMOND FLAME2-2
2.
ついに新宇宙の女王が決定され、宮殿では即位式に続いて盛大なパーティが催された。
女王と補佐官、新女王と新補佐官、そして守護聖・教官・協力者全員が広間に集い、賑やかに談笑している。
オスカーは、得意の軽妙な会話で場を盛り上げていたが、時折目を会場中に走らせては、セイランの姿を探していた。
そこには、微かな焦りの色があった。
まだ暫く、新宇宙がもう少し安定するまでの間は教官や協力者も、新女王たちと共に聖地に留まる事になっている。しかし、試験自体が終了した今、遅かれ速かれやってくる別れの時を、誰もが意識しないではいられない。
バルコニーへと出ていくセイランの姿を認めると、彼はさりげなくその後を追った。
扉を閉めれば、広間の笑いもさざめきも殆ど聞こえない。宮殿の中でここだけは、夜の静寂が支配している様だ。
しかし、先にその静寂に浸っていたセイランにとっては、背後で扉の開いた気配だけでも立派な騒音だったのだろう。
「これはオスカー様」
振り返りざまにいきなり、鋭い皮肉が飛んでくる。
「ようこそ、僕の楽しみを邪魔しに」
「楽しみだと。こんな所で、か」
返事の代わりにセイランは、自分の凭れている柵の外を指差す。オスカーもその隣に立って辺りを見回した。
「このバルコニーは高いからな、飛び降りたら足の一本くらい折りそうだが……俺には何も見えないぜ、君以外」
言いながらオスカーの手が、セイランの肩に伸びていく。
僅かな動きでそれをかわしながら、藍色の髪の芸術家は冷たく答えた。
「この星空も、微かな水音と共に闇に浮かぶ噴水の煌めきも、取り囲む木々の輪郭の美しさも、あなたには無用な物なんでしょうね」
「その訳は」オスカーは少しも動じずに、相手の目を見つめる。
「君の方が、景色よりずっと魅力的だからさ」
「……あなたという人は、全く」
呆れ顔の若者に、彼は何度目かの誘いを掛けた。
「今夜はずっと、君を見つめていたい……俺の屋敷で」
しかし返ってきたのは、期待されているのとは違った種類の嘆息だった。
「僕はこの世の美を見、それを表現するために生まれてきた……けれど、僕自身は、見られるためのものじゃない」
「とてもそうは思えないな」オスカーは、なおも食い下る。
「俺は君を見つめ、そして見つけたいんだ。その心の、堅い扉の奥にあるものを」
セイランの繊細な顔立ちを、皮肉な笑みが覆った。
「そもそも扉など、僕の心には存在しないのかもしれないのに……ただ平坦な壁が閉ざしているだけの空疎な心を見たいのなら、かなり個性的な趣味とは言えますけど」
そう言い捨てると若者は柵から離れ、広間へ戻ろうとする。
その時突然、オスカーの胸に、ある音の記憶が蘇った。そして、それが何なのか考えるより前に、言葉が勝手に飛び出していた。
「閉ざされた空疎な心で、芸術なんて出来るものか!」
捨て台詞の様な言い方に、珍しくも自己嫌悪に陥りかけたオスカーは、ふと前方の人影が歩みを止めたのに気付いた。
くせのない髪がさらりと揺れ、海碧色の眼がゆっくりと振り返る。
「いいですよ」
「え?」
彼が何を言っているのか、オスカーにはとっさに分からなかった。
「今夜、お屋敷に伺ってもいいって、言っているんです」
いつもの謎めいた微笑のままセイランは繰り返す。それでもまだ信じられない思いのオスカーは、無言で前に出ると、若者の顎に手を掛けた。
何の抵抗もなく仰向いた唇に、確かめる様にゆっくりと口づける。
ひんやりした柔らかい感触に、オスカーは自分の中の炎がかき立てられていくのを感じた。