DIAMOND FLAME3
3.距 離
1.
守護聖に教官・協力者、それに身元不明のアリオスという剣士を加え、アンジェリークの探索行は総勢一七名もの大所帯となった。
とは言え、この人数ではさすがに動きが取りにくいため、探索はアンジェリークと彼女の指名した四人のみが行い、残りの者は目立たない様に数人ずつのグループに別れて次の目的地に向かうという方法を取っている。
“白銀の輪の惑星”の存在を知った一行は、何か手がかりがつかめるかも知れないと、探索の合間に立ち寄る事にした。先発隊はすでに方々の部落に散っており、待機組となったセイランは、宿舎でゼフェルを相手に取り留めもない話をして時間を潰していた。
そこにいきなり、オスカーが飛び込んで来た。
「セイラン!」
「はい?」
若き芸術家は、面白がるように微笑む。
あのパーティの夜から後、そして再会した後も、二人はまるで何事も無かったかの様に、ただの友人として互いに接していた。二人きりになる機会が無かったのも確かだが、他にどんな接し方をすれば良いのか決めかねているというのが実際のところだったのである。
だから、オスカーが名指しでセイランを呼ぶのも、これほどに激情した様子を見せるのも、例の夜以来初めての事だった。
しかし今、炎の守護聖は、明らかな怒りの表情を見せている。
「お前、本当にジュリアス様に”見直した”なんて言ったのか!」
「ああ……言いましたが、それが?」
事も無げに答えるセイランに、ゼフェルは口笛を吹いて見せた。
「おめー、結構やるじゃねーか」
「黙ってろ、ゼフェル」銀髪の少年を横目で睨むと、オスカーは若者に詰め寄りながら言葉を続けた。
「それがどんなに失礼な物言いか、セイラン、いくらお前でも分からない筈はないだろう。しかも、ご本人に対して言うなんて……全く、何という事を」
「そんなに大した問題なのかな」
詩人は微笑で応じる。
「あの方の言葉を聞いて、僕の中での評価が上がった。その事を、たまたまご本人に伝えただけなのに」
「評価、だと?お前や俺が評価していい相手じゃないんだぞ、あの方は」
燃える様な赤毛に縁取られ、精悍を絵に描いた様な面の中で、アイスブルーの眼が怒りに輝きを増している。その美しさに半ば見とれながらも、セイランは言った。
「どういう相手かは、自分で決める事だと思いますよ」
「何っ」オスカーの拳が、堅く握りしめられる。
「あの方は守護聖の首座、光の守護聖であり、またそれに相応しい素晴らしい方だ。敬意を払うのが当然だろう」
「さあ……」
描いたような曲線の眉が、僅かに持ち上がった。
「残念ながら、ご本人が素晴らしいかどうか、僕の乏しい経験からはまだ判断できない」
「お前って奴は、何でも自分で決めなきゃ気が済まないのか。自分の見たものしか信用できないのか!」
ついにオスカーは、大きな声を出してしまった。
当然でしょう、と言うように肩を竦め、芸術家が頷く。
「僕にも、責任感と誠実さの欠片くらいはあるみたいですから」
「面白え」と、口を挟んだのはゼフェルだった。
「いつもジュリアスの言いなりの誰かさんより、よっぽど本物の一匹狼じゃねーか」
「……さっき、黙ってろと言っただろう」
「へっ、殺気立ちやがって。じゃあ、てめーはどうなんだ、自分しか信じないセイランを責めるんなら、てめーは何を信じてるのか、言ってみろよ」
問われて逆に、オスカーは落ち着きを取り戻した。少年の赤い瞳と若者の海碧色の瞳を順に見据え、ゆっくりと答える。
「”強くあれ。貴い者、弱い者、苦しむ者を助けるために”。これが俺の学んできた、そして信じている、騎士としての正義だ」
「お仕着せの、ね。それを信じて……他人にも押し付けるって訳ですか」
「押し付けるつもりはない」
オスカーの瞳が、氷より更に冷たい色を帯びている。
「ただお前なら、話せば分かるかもしれないと思っていた。とんだ考え違いだった訳だな」
分かってほしかった、とは、口が裂けても言いたくない。二人の距離がもう少し近いかと、勝手に思いこんでいただけだ。
足早に部屋を出て行くオスカーを、セイランは無表情に見送る。
「面白え」と、またゼフェルが言った。
X X
ダークローズのルージュを乗せた意味ありげな笑顔が、オスカーの視界を塞いだ。
「聞いたよ、セイランと大喧嘩しちゃったんだって」
「……ゼフェルが言い触らしたのか」
「まぁね。そうでなくとも、あんたは顔に出る方だから、いずれ私は気付いてたろうけど」
”白銀の輪の惑星”では特に得る物もなく、一行はまた数人ずつに別れて”深き霧の惑星”へと向かう事になった。オリヴィエは先発隊に選ばれていたので、まもなく宿舎を後にしなければならないはずなのに、わざわざ後発部隊のオスカーのもとを訪れて話をし始めたのだった。
「でもね、あのコにいくらお説教したって無駄だよ。あんたは洒落かポーズだと思ってたみたいだけど、あの唯我独尊は筋金入りさ。そういう所が、逆に私は気に入ってるんだけどね」
「出発時間直前に、そんな事を言いに来たのか。全くヒマな奴だ」
視線を逸らしながら、オスカーは不機嫌に呟く。
夢の守護聖はもう一度、にやりと笑った。
「いいや、ここからが本題だよ。この間の女王試験の時、私がご親切にも忠告してあげようとしたのを、あんたは無視したからねえ。あの時言うつもりだった事を、今言ったげようと思うんだ」
いらん、というように首を振るオスカーを無視して、彼は話し続ける。
「私の見る限り、あのコは氷でもガラスでもない、正真証明のダイヤモンドだよ。“俺の炎で溶かしてやる”なんて言って、気がついたら自分まで燃え尽きてたかもね」
そこまで言うとオリヴィエは一瞬、妙に気遣わしげな視線を向けたが、すぐ笑顔でそれを隠し、
「だからね、ある意味では決裂して良かったって、私は思ってるワケ」
と、話を締めくくった。
「失せろ」オスカーは、ドアを指さした。
「ああ、もう出発の時間だった。ま、次に会う迄に、お元気出しといてね」
オリヴィエの出て行ったドアを、オスカーは思いきり蹴って閉めた。