DIAMOND FLAME4-1

4.死 闘
1.

 巡って来た幾つもの惑星の中でも、この”深い霧の惑星”は一番緑豊かで、聖地に似た雰囲気を持っていた。

 また、以前セイランを迎えに行った時の様子から、この辺りのモンスターは数も少なく弱い者ばかりだと推測されており、安心感からか、待機組の面々は殆どが外に出払っていた。




 セイランは、近くの山の中腹にある、自分の小屋の様子を見に出かけた。

 小屋のある高台に続く道は、相変わらず緑に覆われて細々と続いている。一人でそこを登っていると、宇宙を救うために様々な星で探索を続けてきたのが、とても現実感のない話に思われてくる。

 しかし、それは紛れもなく、現実だった。突然、見た事もない種類のモンスターが彼を取り囲み、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 セイランは懐からマルスリボンを取り出し、身構えた。これはマルスという、軽く強い金属で出来たリボン状の鞭で、触れただけで敵の身体を切り刻む事ができる。

 最初の一振りが二匹のモンスターを倒し、返す振りが更に二匹を捉える。しかし、この二匹は、容易にはやられなかった。旅立ちの時に戦ったものたちよりも、格段に高い能力を持つモンスターなのだろう。

 そういえば、恐らくは皇帝の腹心であろうが、リュミエールの姿を模した魔導者がこの地を訪れた事があった。

 「まさか……」

セイランは、思わず呟いた。皇帝の腹心ほどの者ならば、当然強い魔導の力を持っているだろう。その力で彼自身の代理を、つまり、モンスターを増やしたり強化する能力を持つ、いわゆる高位のモンスターを作っていたとしたら……

 残った二匹をようやく倒した時、セイランは自分の不安が的中したのを悟った。

 何十匹ものモンスターを従え、一人の男が麓の方角からゆっくりと近付いて来るのが見える。

 男は普通の村人の服装をしていたが、その両目が邪悪な紅色に染まっているのが、この位置からでも見て取れた。

 村に戻る道を塞がれたセイランは、山道を上へと逃げるしかなかった。




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 セイランとの衝突以来、何となく気分の晴れないオスカーは、宿の裏手で一人、剣を振っていた。

 やがて額に汗が滲み始め、一休みしようと木陰に向かった時、すぐ側の塀越しに誰かの話す声が聞こえてきた。

 「……だからさ、見張りより、今は応援がいるんだよ。急いで召集を掛けて、山道沿いに登って来てくれ。何しろあの絵描きの奴、強情な上に、見かけに寄らず強いの何の……」

「だがな、たかがボスのご機嫌取りに、何だって絵なんか描かせなきゃならねえんだ。ぶっ殺す方が簡単だろうが」

「ううむ……実はな、この前ユージィン様が隊長を叱った時、皮肉たっぷりに付け加えて言われたんだ。この地域のモンスターの増え方がこれ以上遅れる様なら、容赦しない。肖像画か何か、気の効いた献上品でも持って来なければ、身の保証は無いと思えってな」

「その皮肉を真に受けて、隊長は絵描きを欲しがってるってのか」

「ああ。だからってもう一人の、ユージィン様そっくりの奴になんか、手を出す気になれないだろう。お前も文句つけてる暇があったら、速く応援に来いよ、いいな!」

 その声を残して、異様な生き物が塀の向こうから飛び立って行った。

 オスカーは素早く塀を回り込み、今しも召集の声を上げようとしているモンスターを一撃で倒した。そして宿屋に飛び込むと、

「誰でもいい、俺の仲間が戻ったら、大至急、山道を登って来る様に伝えてくれ!」

と言い残し、外へ走り出した。



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 セイランは、肩で大きく息をしていた。かなりの数を倒した筈なのに、敵は後から後から湧き出るように現れて、襲いかかってくる。

 疲労だけではなく、既に幾つか深手を負ってもいるようだ。白い衣に血が滲んでいるのが、見たくなくても目に入ってしまう。特技も魔法も、とうに使い果たしてしまっていた。

 「強情な奴だな」

モンスター達の隊長を任されているらしい、村人の形を残した高位の魔物が、憎々しげに口を開いた。

「ただ、ユージィン様の肖像を描くだけだ、簡単な事だろうが。あの方はそういった事を喜びそうだし、そうなれば俺たちも引き立ててもらえるってもんだ……」

 「出来ないね」画家は即座に答えた。

 ”隊長”が合図し、新たに三匹のモンスターが飛び出していく。

 戦いの場は既に、断崖近くまで後退していた。セイランは足場を確かめながら攻撃を避け、隙を突いては武器を振るった。

 中の一匹が彼の背後に回り込もうとして、足を滑らせる。振り返りざまにマルスリボンを叩きつけると、モンスターは叫び声を上げながら断崖を落ちていった。

 その隙に残りの二匹が突進してくるのは、予期できていた。二匹だけならば、一撃である程度の傷を負わせる事が出来ると、計算もしていた。しかし、襲ってきたのは二匹だけではなかった。

 業を煮やした”隊長”が魔法を放ち、味方もろともセイランを吹き飛ばしたのだ。

 突進の勢いがついていたモンスター達は悲鳴と共に転落していく。セイランも危うく落ちるところだったが、何とか左手一本で崖にぶら下がる事が出来た。

 だが、その手を足で踏みつけて”隊長”が叫ぶ。

「もう我慢できねえ。これが最後だ、描くか死ぬか、今すぐ選べ!」

 返事の代わりに下から飛んできたのは、マルスリボンだった。崖の下から勢いをつけて投げられたしなやかな紐が”隊長”の足に巻き付くと、セイランは渾身の力をこめて右腕を下方に振った。

 足を掬われた”隊長”の反動で身体が浮き、タイミングよくマルスリボンを放したセイランは、上半身を崖の上に持ち上げる事が出来た。

 だが、落下しながらも”隊長”はセイランの足を掴んでいた。

「貴様も……落ちろ!」

 相手の身体まで支える力は、もう残っていなかった。足を捕まれたまま、セイランは”隊長”と共に、切り立った崖を転落していった。

 真下に小さな岩の突起が見える。あれにぶつかれば最期だ、とセイランは瞬時に思った。

 しかし幸い、先に落ちていた”隊長”が下敷きになったため、彼は殆ど衝撃を受けずに済んだ。

 掴んでいた足を思わず放した人型モンスターは、マルスリボンを絡ませたまま遥か下方に落ちていく。それを伏目で見送りながらセイランは岩にしがみつき、一息ついてから崖を登り始めた。

 岩から下は抉れたような形になっていて、降りるのは不可能に近かった。それに、距離から考えても登る方が近い。上にはまた沢山のモンスターがいるかもしれないが、指揮官を失った統率の乱れに期待するしかなかった。

 傷つき疲労した身体で崖を登るのは、しかし、予想以上に困難を極めた。

 出血のせいか、大した距離ではないはずなのに、あと少しという所で意識が遠のき始めた。

 細い腕が、あろう筈もない救いを求めて大きく延ばされる。

 それを、力強く握る手があった。

「セイラン、しっかりしろ!」

「……オス……カー?」

 崖の上から見おろしている浅黒い顔は、まさしく炎の守護聖のものだった。

 オスカーは一息でセイランの身体を引き上げると、背後から近付いた敵を、振り返りもせずに切って捨てた。

 統率を失ったとは言え、まだ何十匹ものモンスターが彼らを取り囲んでいる。

 セイランの傷が浅くないのを見て取ると、オスカーは彼を背中に負い、両手を前に回させた。そうして、細い二つの手首を左手だけで掴むと、

「行くぞ!」

と、包囲に向かって走り出す。

 飛びかかってきたモンスターの額を、オスカーの大剣が真二つに割った。背後からの敵には魔法で攻撃し、近付く前に倒してしまう。

 左右から襲って来るモンスターには身を引いてタイミングを外し、敵の背が見えた瞬間に切り捨てる。翼を持つ敵は空中から攻撃してきたが、舞い降りて爪を出す前に心臓を刺し貫かれていた。

 返り血と敵の悲鳴が、周囲の空間を覆い尽くす。

 広い背に身を預けながら、セイランはただ、見つめていた。



 これが、この人の……強さ。

 信じるもののある、信じるもののために鍛錬を積んできた……

 本当の、強さ。


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