DIAMOND FLAME4-2

2.


応援が駆けつける前に、セイランは意識を失っていた。

 彼が宿屋に運び込まれ、処置を施されている間に、オスカーは手の空いた者に事情を説明した。人々は一様に驚いていたが、その中でひとりエルンストだけが暗い、そのくせ何か得心した面持ちで頷いていたのにオスカーは気付いた。

 暫くすると、中心となって治療にあたっていたルヴァがセイランの部屋から顔を出し、命に別状はない事を告げた。一行はひとまず解散となったが、オスカーはエルンストを呼び止めると、先刻の表情の意味を問いただした。

 「それは……」

エルンストは暫くためらっていたが、思い切ったように話し始めた。

「調べればいずれ分かる事ですから、お話しましょう。実は、セイランさんの居場所を突き止めようと調査していた時に、ある事件の記録が見つかったのです……オスカー様、Fという惑星をご存知でしょうか」

「ああ。少し前に、女王陛下が干渉を検討された事がある。軍事政権が、かなりの圧制をしいていたらしいな。幸いにも干渉を始める前に、近隣惑星の援助を受けた無血革命が起こって、民主制に変わったと聞いているぜ」

「そうです。こちらの時間では、革命があったのは五年前でした。そしてセイランさんは、軍事政権最後の数カ月間、この星で虜囚の身となっていたのです」

 オスカーの両目が見開かれる。

「五年前だと……それじゃセイランは、せいぜいマルセルくらいの歳だったはずだ。そんな子どもを、どうして!」

「当時既にあの人は、芸術家として注目され始めていました。それに目をつけた当時の最高実力者が、体制と自分を讃える詩や曲を作らせようとしたのですが、セイランさんが応じなかったために、身柄を拘束してしまったのです」

 痛ましげに首を振り、エルンストは続ける。

「今回の事件と同じです。あの人は脅迫にも屈せず、しまいには一種の……拷問に近い扱いまで受けていた様です。結局、革命によって政治犯たちと共に解放されるまで、拘束は解かれませんでした」

 「何て……事だ」オスカーは、広い肩を震わせた。「誰か、助け出そうと言う者はいなかったのか、身内の者たちは何をしていたんだ!」

 「身寄りはいないらしく、あの人の才能を見いだしたマネージャーが保護者も兼ねていました。ところが、そのマネージャーこそが、あの人をFに連れていき、軍事政権に売り渡した張本人だったのです」

 神経質そうに眼鏡の位置を直し、伏し目になりながらエルンストは言葉を継ぐ。

「……資料によるとセイランさんは、解放後、マネージャーを訴える様に幾人もの人に勧められたそうです。しかしあの人は”彼に対しては恨みも憎しみも感じない、ただ、信頼に値しない人間を信頼した自分のうかつさを嘲笑いたいだけだ”というコメントを残し、姿を暗ましてしまったという事です。結局そのマネージャーは、未成年者虐待の共犯として当局に起訴され、刑に服したのですが」

 話を終えて顔を上げたエルンストは、思わずオスカーから視線を逸した。

 アイスブルーの目が、異様なまでに燃え輝いている。それは、憤りと悲しみの炎の色だった。




 まだ意識の戻らないセイランの部屋に入ると、ルヴァが一人で付き添っているのが目に入った。

 「ああ、オスカー」

振り向いた彼は、ほっとしたような表情で話しかけてくる。

「実はついさっき、いい事があったんですよ。行方不明になっていた村人の一人がマルスリボンを届けにみえましてね、その時、魔導の力から解放されたお礼にと、秘蔵のエリクシールを譲って下さったんです。今、処方しておきましたから、ぐっすり眠って疲労を取れば、明日には調子を取り戻せますよ」

 黙って頷くオスカーに、ルヴァは言葉を続けた。

「それでですね、私も少し休んで、食事など取りたいと思うんですが……その間、代わりにここにいてもらえませんか」

「ああ、ゆっくりして来てくれ」

 それでは、とルヴァは部屋を後にする。

 オスカーは立ったまま、無言でセイランを見下ろした。エリクシールの効果か、美しい象牙色の面に、もはや苦悶の表情は無い。しかし、拭い忘れられた額の血が、オスカーに今日見て来た光景を思い起こさせた。




 山道を幾らも登らない所に、もう最初の戦闘の痕跡が残っていた。それから道のここかしこに残る血の跡、草や木の焦げた跡を辿り、断崖にたどり着くまで、絶命したモンスターを何十体見て来た事だろう。既に人間として復活し、逃げ帰っていた者もいた様だから、セイランが実際に倒したのは、自分が目にしたより更に多いはずだ。

 訓練を積んだ戦闘のプロにさえ、あれだけの戦いは厳しい。その上、鞭状の武器は、体力や技術よりも集中力が攻撃の強さを左右するため、本来は短期戦向きなのだ。選択の余地は無かったのだろうが、連戦や長期戦をマルスリボンで戦うのは不利だったに違いない。

 どう考えても、この戦いはセイランの限界を越えていた。

 それなのに、彼は戦った。敵の要求をのみ、絵を描きさえすれば解放されたかも知れないのに、たった一人で、応援も呼べないまま戦う事を選んだのだ。

 「五年前と同じ、か」

オスカーは、呟かずにいられなかった。

 自分だけを信じ、誰にも頼らないとセイランは言っていた。だが、それが彼にとって、ここまで厳しい、ここまで強くなければならない生き方を意味していたとは……

 ベッドの脇に膝を突いたオスカーは、セイランの手を取ると、血と泥の残る細い指に、貴人にする様に接吻した。

 今まで経験した事もない、胸の締めつけられる様な切なさを感じながら。




X                    X



 霞がかった視界がはっきりすると、そこに自分を見つめてている青年の姿があった。

 いつもと違う、柔らかで悲しげな眼差し。憐れみにも似た、だがはっきりと異なる、何かが伝わってくる。覚めきらない意識の中で、セイランは先刻見た光景を思い出していた。




 あの、強さ……


 そう、あなたは本当の戦士、真の騎士だった。

 権威に流され、他人の判断に頼りきった人間ではない。

 虚しい盲信ではない信念、正義と呼ぶにふさわしい、本物の強さ……


 あなたという人は、全く……




 ほのかな憂笑を浮かべながら、セイランは再び眠りへと落ちて行った。


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