DIAMOND FLAME6-2


2.


 「これから先、決して個人的に僕に近付いたり、話しかけたりしないと約束してくれるのなら……全てを話しますよ」

 アイスブルーの目が、相手の心を見透かそうとする様に険しく細められる。

 セイランは、暗がりでも分かるほど疲れた表情で、それでも真っ直ぐにその目を見返す。

 やがて、オスカーが低い声で言った。

「分かった。騎士の名誉に賭けて、君の望まない事はしないと誓う」

 それを受けてセイランは、悲しげに微笑む。そして考えをまとめる様に足元に視線を落としていたが、やがて顔を上げ、話し始めた。

「……あなたが息抜きのために、聖地外の人間と戯れの恋を楽しむのは、ごく自然な事だと思う。守護聖であり戦士であるあなたには、その権利があるのだから」

 「セイラン!」

オスカーは慌てて相手の言葉を遮った。

「それは違う。いや、確かにそういう事もあったが、君への気持ちは、それとは全く別物だ」

 視線を逸らす若者の美しい顔を、苦痛の色が覆っていくのが見て取れる。

「そう……あの雪の日、あなたが言ってくれた言葉は、真実だった。一生に二度とはない想いの深さを、あなたの目と声が語っていた」

「分かってくれたのか」

ほっとした笑みを漏らすオスカーの耳に、セイランの震える声が聞こえた。

「……分かりたくなかったよ」

「何?」

「どうして、遊びにしておいてくれなかったのさ!」

 再び相手に向けられた海碧色の目は、絶望と涙を一杯に湛えていた。

「あなたは、僕との間にある、どうしようもなく大きな隔たりを、忘れてしまっている。どんな想いを抱こうと所詮、守護聖と聖地外の人間は、別れなければならないというのに」

 オスカーには、返す言葉もなかった。




 彼の言う通りだったのだ。

 まるで初めて恋をした子どもの様に、自分の強い感情に驚き、おののき、そして溺れていた。

 それを相手にぶつける事、受け入れられる事しか考えていなかった。いや、無意識に、他の事を考えまいとしていたのかもしれない。

 いつもランディ達に吹聴していた”聖地外の恋の鉄則”など、欠片ほども思い出す事はなかった。それほどに、今までの軽い恋とは違っていたのだから。

 だが、当てはめられる鉄則は同じだった。

 恐らく明日”虚空の城”で、皇帝の野望は尽きる。そうさせなければならないのだ。

 そして、その後は……

「永遠を誓ってくれたあなたを聖地に残して、僕は出て行かなきゃならない。そしてもう二度と、会う事は出来ないんだ」

 セイランはそっとオスカーの腕を掴むと、自分の肩から引き離した。

「僕たち一般の民にとって、守護聖は永遠にも等しく思われる存在だけど、そのあなたにさえも手が届かない、本当の永遠……それが、僕たちの間に横たわろうとしている」

 「本当の……」

オスカーは呆然と呟いた。

 折から吹き始めた寒風の中、二人の頭上で悠久の銀河が、目に痛いほどに冴えた光を放っている。しかしセイランは、この銀河を幾つ越えても追いつけない所に行ってしまうのだ。

 誓われた愛を道連れに。

「だから、僕は自分を憎んだ」

「セイラン!」

 風にかき消されそうな掠れ声で、若者は話し続ける。

「いつからだろう、あなたを傷つける者は、誰であっても許せないと、僕は思う様になっていた……でもまさか、それが自分だったなんてね」

 眠りの内にさまよい出た夜を、首に残った冷たい鋼の感触を、セイランは思い出していた。祈る代わりに愛しい人の寝顔を見つめながら、許されざる科人である自分を処刑しようとしていた、あの夜。

 それが、オスカ−を一層傷つけるだけだと気付いて、危うく思いとどまったのだが。

 「あなたを避けていたのは、その想いに応えそうになる自分を抑えるためさ。もし僕も誓ってしまえば、あなたは今の僕と同じ事になる。別離の傷は避けられないと分かっているけど、その上に……」

 上ずりかけた声を堪える様に、若者は一瞬唇を噛みしめ、放す。

「……大切な人を誓いに縛りつけさせた自責、報いてあげられない罪の意識にまでかられるんだ。こんな痛みを、あなたにまで味わってほしくないよ!」

 オスカ−は驚きながらも、自らの不明を痛烈に恥じた。

 別れる運命にある相手に、永遠の愛を誓うのと誓われるのと……想いが同じならば、悲しみにもまた違いは無いだろう。だが誓われた側には罪悪感という、更なる傷が生じてしまう。

 誓いを、罪悪感を無言で受け入れておいて、同じ傷を負わせないために、セイランは心に逆らってまで彼を拒み続けていたのだ。

「……この事を話すのと話さないのと、どちらがあなたの為になったのか、僕には分からない。でも明日、僕は全力であなたを守る。何があろうと、あなただけは」

 ゆっくりと背を向け、闇の中へ去っていく若者の後ろ姿を、オスカーは黙って見送るしかなかった。


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