やわらかな腕・6


6.

“**星系美術協会の会員となるも、不適格な行動のため、まもなく除名される。”

 ライトグリーンの髪の青年は、セイランの画集に載せられていた略歴を思い出していた。

(あの一文に、そないな事情があったなんてなあ……結局セイランさん、翌年くらいに、その協会とは別の所で見いだされて、今みたいな存在になったらしいけど)

 中腹の岩場を過ぎながら、しみじみとそんな事を考えていたチャーリーの耳に、最前より少し上擦った若者の声が、聞こえてきた。




 「……自画像を取り戻した僕は、すぐに懐かしい村に──村のあった所に向かった。まだ放置されたままの焼け跡が、心を責め苛むだろう、罪悪感に裂かれて、自画像と共にそこで果てても構わない……それくらいに思い詰めながら、忘れもしないその場所に僕は着いた。

 そこで見たのは、一面のコスモスだった。

 あの地方特有の、美しい色のコスモスが、廃墟を埋め尽くして広がり、咲き誇っていた」




 無数の花々の、風に揺れる音が、頭上の花畑から聞こえてくる。




 「その時僕は、あの温かく優しい色が自分を包んでくれるのを、巨きくやわらかな腕のように、心を抱いてくれるのを感じた。

 そうしてくれたのが、あの土地だったのか、それを含む自然というものか、あるいは運命だったのか……何であるのかは分からない。

 でもそれは、全てを裏切った僕を癒し、満たし、そうして心の中から、忌まわしい色を追い出してくれたんだ。

 感謝の気持ちで胸が詰まり、僕は立っている事さえできなかった。




 けれどそれは同時に、激しい居たたまれなさをも引き起こした。

 後悔と恥ずかしさと、少しでもこの優しさに報いなければという衝動に駆られて、僕は、自画像を差し出さずにはいられなかった。

 花の中で絵を取り出し、描かれた少年を自分の方に向かせると、その眩しそうな眼差しを見据えながら、ナイフで切り裂いた。

 弱かった自分を──恐怖と心細さに負けて全てを裏切った自分を、僕は殺したんだ。




 そうして、ずたずたになった骸を埋めながら誓った。これからは、何を犠牲にしてでも、芸術のために生きていくと。自分の弱さを、二度と許しはしないと」




 ちょうどその時、二人は、セイランが数時間前にバランスを失った場所に着いていた。

 夕日を浴びて一層鮮やかさを増した花々に、若者はつかの間怯んだかに見えたが、すぐに振り切るように斜面を登りきると、そこで初めてチャーリーを振り返った。

「なのに、どうして今また、この花は僕の前に現れたんだ!」

「セイラン……」

 同じ高さまで登ってきた青年の、いたわるような眼差しを避けるように、芸術家は花畑に向き直った。

「どうして僕は動揺するんだ?どうして君のように、偶然だと思えない?誓いを忘れた事は片時も無かった。あれからずっと、自分の芸術を完成させていくためにだけ生きてきたし、他人を求めるような弱さを自分に許した覚えもないのに……それとも僕はまだ、どこかで弱さを引きずっているんだろうか。それを指摘し、責めるためにこの花は現れたというんだろうか……」

 黄金色の陽の中で、苦しげな表情を浮かべた白い横顔が、逆光気味に輝いている。透明な風の中で、紅い花を背景にした藍紫の髪が、幻惑するように舞っている。

 チャーリーは、ただ黙ってその姿を見つめていた。

 相手を力づける言葉を必死で探しながら、そして、この若者が自分にとって、どうしても放っておけない、誰にも増して大切な存在なのを改めて実感しながら……




 突然、青年の体のどこかで、けたたましい音が鳴り始めた。

「な、何!?」

慌てて探ったポケットの中で、発信機が点滅しながらアラームを鳴らしている。

「何やこれ、こんな機能があるなんて聞いてへんで!ほれ黙れ、黙れっちゅうに……」

「ああ、もう時間だったんだね」

 坂の下を眺めながら、セイランがぽつんと言った。ちょうど二人がここに着いたのと同じ地点に、光の柱のようなものが出来ている。

「ゲートが開いても僕たちが来ないから、警告音を鳴らされてしまったんだろう」

そう言うと、若者は振り返りもせず斜面を下り始めた。

 チャーリーも後を追い、バスケットを抱え上げると、輝くゲートに向かった。

「なあ、今日は一日休暇取ってるんやろ。良かったら、もうしばらく付き合うてくれへんか、今の話の続きがしたいんや」

「……ふうん。別に構わないけど、君も暇だね」

ゲートに足を踏み入れながら、若者は言葉を継ぐ。

「でも、聖地では話したくない。あの明るく清らかな空間に、この話は似合わない」

「分かった」

青年が答えたのと同時に、二人の姿は、惑星から消えた。


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